おかしかったら笑おう

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なぜ人は笑うのか。それはおかしいから。何かが違うから。いつもと違うから。ありえないことだから。
何か変だぞ。と思って笑う。いわゆる「お笑い」なんてのはそういうことなんだと思う。
でも、おかしくても笑えないときがある。
膝がおかしい、腰がおかしい、肩が。。
あの人が、彼が、彼女が、親が、子供が…

おかしい。。

って悩むんです。苦しむんです。
おかしかったら笑えばいいんですよ。
でも笑えない。

 

なぜか。

それは、自分に被害がくると思うから。
自分が傷つくと思うから。
周りが迷惑するから…悲しむから…

だから、自分や周りが大丈夫と思えた瞬間に笑えるんです。

 

烏丸通(わりと大きな道路)を自転車で走っていました。
逆走する自転車がふっと出てきました。
僕の後ろから車がきていたし「危なっ!」と思いました。事故は起らなかった。
ほっとした、その瞬間に笑えたんです。「ぷっ」って。「ありえねー」って。

昨日、妻と写真を整理していたら、ありえないぐらい散らかっている部屋の写真が出てきました(今年、部屋を整理すると決めその前に撮っていたのです)
それを見て2人で涙流して、お腹かかえて笑いました。「なにこれー、うちら必死やったな。周り見えなかったな。」って。
本当に、問題が解決した時、問題は無かったと気づいた時、人は笑えるのではないでしょうか。
解決方法がわからないとき、怒り、悩み、苦しむ。

 

根本の問題は何か。
一つに身体が自分と思うということだろう。
この身体が傷つく。つまり、自分が傷つく。それは困る。となるわけです。
そうではない。
自分というのは、この身体ではない。

自分の身体。という。
自分の足といい、自分の手、自分の頭、自分の脳みそ、自分の心…という。

つまり、どこまでいっても「自分の」というのがつくわけです。傷つくのは、自分の身体、自分の心が傷つくのであって「自分」ではない。
では、「自分」とは何か。
その存在を知る、わかる事が出来たら、本当にいろんなことが笑える。

僕は仕事柄、その存在を「生命」「いのち」という言葉で表現している。
身体は傷つくが生命は傷つかない。
死んだらどうなるのか?人間の最大の恐怖「死」
この死であっても、身体から生命がなくなるということ。
つまり、生命はどこまでいっても傷つかない。

 

その生命をどれだけ信じられるか。
その生命が本当の自分だとどれだけ信じられるか。
比べられない絶対のものとしてどれだけ信じられるか。
本当の自分は傷つかないとどれだけ信じられるか。

 

これは頭で考えることではない。
頭はあくまでも、身体の一部。生命の支配下にあるもの。
「自分の生命」と思った瞬間にこれまた「生命」というものも本当の存在「自分」の支配下におかれる。
そうではなく、そこを超越して、本当の自分を知った時に、本当の喜びを感じられる。
おかしかったら笑える。

そんなことを思う。

いよいよ僕はおかしくなってきたなぁと思う。

さぁ笑おう。

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