アトピーとの出会い

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アトピーというと湿疹が出て痒くなる。そのような病気だと思っていました。事実そうなのですが、自分の思っていたものと実際とは全然違いました。

僕のアトピーとの関わりは、妻との出会いが始まりでした。

そして、今迄の夫婦生活というのはアトピーとの歩みだともいえます。

「アトピー大変そうですね。一緒に治しましょうね。」

そのように伝えた事を覚えています。

今思うと何故このような言葉が出てきたのかわかりませんが、彼女が特別だったわけではなく、病気、特に慢性病といわれるものは共に歩んでいく姿勢が大事なのではないかという考えがあったからだと思います。
それから1年ほど経ち、結婚という形で一緒に暮らすようになり、アトピーというものがどれだけ辛く苦しいものかということを目の当たりにすることになりました。痒いということがどれだけ辛いことか。

アトピーのイメージ

痒いというと蚊に刺された時のことを思い起こします。この延長であろう。人間は体験して初めて実感として物事を知ることになるのだと思います。体験するまでは、実感としては入ってこない。自分の経験したことの延長でしか物事を想像したりすることはできない。自分の枠の中でしか想像ができない。ですから、アトピーも蚊の延長であろうと自然と思っておりました。
確かに痒みという意味では延長なのかもしれませんが、実際はもっと想像より壮絶なものでした。アトピーを蚊に例えるならば、100匹ぐらいの蚊を電話ボックスに放ちそこに閉じ込められているようなものだと。蚊の音は聞こえないので、耳栓はしてですが。しかも殺しても殺してもわいてくる。。そんな感じであるとインターネットにありました。
実際僕は体験していませんから、この例えがどうなのかわかりませんが、ただ想像をはるかに超えるぐらい辛いことなのだろうということはわかります。
さらに痒みだけではありません。痒くてかいた皮膚は傷つき痛みに変わります。痒みだけでなく痛みが加わるわけです。何故そこまで掻くのかと思ってしまいますが、殺しても殺してもわいてくる蚊なわけですから掻くことしかできない。すると血も出てきます。さらに、綺麗な肌を求める女性にとって、こんな辛いことはありません。

掻いて掻いてかき疲れて寝る。そんな日もありました。できるものなら代わってあげたい。そう思う日もありました。近づいたり、離れたりしながら、でも結局自分に出来ることはなく、そばで苦しんでいる妻を見ているだけでした。時には図太く苦しんでいる妻の横で寝ている日もありました。妻から言わせるとそれが嬉しい、救いだったとのことでしたが。

アトピーに感謝

そのようなアトピーですが、沢山の、本当に沢山の出会いにより、妻のアトピーは消えつつあります。
二人の気持ちの中では、もうなくなっていますが実際はまだ症状としてはあるわけですので自信をもって伝えるということはできません。
しかし、「信仰とは望んでいる事柄を確信し、まだ見ぬ事実を確認することである」と聖書にあります。僕は妻のアトピーは消えると確信しています。後は、それを確認するだけです。
今では、妻とのアトピー奮闘記には感謝の想いが出てきています。ここまでくるのは苦しく辛く、いつも喧嘩、言い争いの元はアトピーからでした。しかし、そのような出来事も諦めなければ必ず笑顔に変わります。アトピーさえ無ければどれだけ幸せなことか。違います。アトピーがあったからこそ今の僕らがあります。幸せな日々があります。いろいろなことに感謝ができます。当たり前をありがたく受け取ることができます。幸せな生活とは、感謝の生活です。感謝がなくなったとき不平不満に変わります。一度眼を閉じて、深呼吸して、再び眼を開けば、空気があり水があり、食事があり、寝るとこがあり、感謝できないことを探すことが難しいぐらい世の中は有難いことであふれています。
病気というのは、ただ辛く苦しいものを与える悪魔ではなく、人生の反省道具であり、より良く毎日が暮らせるようになるための神様からの恵みです。雨の日は晴れるためにある。この事がわかると、世の中善いことしかないと考えていけます。

沢山の方からいただいた愛をお返ししなければいけない。
少しでも僕らがアトピーを通して経験したこと、考えたことを伝えていこうと思います。

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