糠床から

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遠藤家で糠床を始めまして、そろそろ糠床らしき匂いがしてきましたので、試しにきゅうりを漬けてみました。

妻と試食。

美味しすぎる!!びっくりしました。

そして、ふと考えてたんです。
ぬか漬けについて

そもそも糠は、米屋さんでは精米後、捨てられてしまうのでしょうね。
タダでもらえるぐらいですから。
それを原材料として作られる糠床。
とても大事なことを教えてくれます。

やるべき事をやったら待つということ。
そして、時がきたらまた手をいれる。

やるべき事をやっているのに、あーしたらよかった、とか考えても何も変わらない。

むしろ手をいれることでおかしくなっちゃったりする事っていっぱいあると思うのです。

待つということの大事さ。

 

そして、糠床は日ごとに、漬けるごとに美味しくなるというではないですか。
糠床が美味しくなり、野菜も美味しくなる。

人の手が入ることで、糠床も腐らずに心地よく生きられる。
野菜も人に入ることで喜ばれ種子がいろいろなところにまかれる(現代では難しいですが)

そうやって三者がバランスよく、心地よく、生かしあってる。
勝つ負けるとかではない。
得や損じゃない。
与えたら減るんじゃない。与えたら与えられる。
ただただ心地よいものしかない。

 

昔の人の知恵。素晴らしすぎます。

 

WinWinという言葉があるみたいですが、そんなこと今更言わなくたって、
日本の家庭では当たり前に行われていた。
ぬか漬けは、きっとその一部でしょう。

心地よく生きるということを昔はしていた。

昔の人は電気も水道もないのに…
というけれど、違う。
ないからこそ、心地よく体を使い
頭を使いバランスよくすべてを生かしあってた。

そう感じるのです。

便利になるということは、時間が出来る。頭を使わない。工夫をしない。

だから、どうでもいい事を考えてしまうのです。

やることやったのに、する必要のない心配をして
挙げ句の果てに糠床から野菜を引っ張りだしてしまうようなことをしてしまう。

 

生きる事は、本当はシンプルで心地よい。

そう感じます。

その心地よさを追求していこうと思います。

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