日々のこと

何気なく暮らすこともできます。何かを意識して生活することもできます。
人とはとても不思議なもので、感じたもの、考えたものに意識をおくと沢山の気づきがあります。
逆に、何も意識せずに暮らしていると気づいたら一日疲れて終わっていた。そんなこともあります。

与えられた同じ人生なら、少しでも何かに気づき、よりよく、心地よく暮らしていきたいものです。

自然な音、ひょうたんスピーカーのこと

ひょうたんスピーカー

人と人がつながってつながってつながって、求めていた音に出会えました。

おんらく市場のひょうたんスピーカーです。

作者のきよしさんに会って話すこともできました。
僕の音に求めていたものをすべて実現しているのではないかと思えるほどのものでした。

一言で言えば自然。

もう少し言うと、邪魔にならない。音が流れている。
他の生活音とも混じり合っている。
どこで鳴っているかわからない。
驚いたのが、音源が二つであっても二つが調和して鳴っている。

自分のiPhoneに入っている曲を流してもらいました。
癒されるとはこのことかと感じました。
音に包まれる。
音を聞くのではなく、音の中にいる。音と一体化する。
音楽療法というのは、こういうことを言うのかなと。
鳥肌が立ちました。

是非、この感じを体感していただけたらと思っています。

 

 

一期一会

一期一会という言葉があります。
今日はその言葉の深さが少しわかった気がします。

人との出会いというものがあります。
この出会いが一回きりで、次はないとしたら、どうその人と接するか。
失敗出来ないとしたら、どうするか。
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戦争反対という言葉を聞いて感じたこと

自転車で走っていたら遠くから「戦争反対」という声が聞こえてきた。

僕は、自転車に乗りながらその時の音、風景から、いろいろな考えを思いめぐらすことが多い。

そして今回はこの「戦争反対」という言葉。

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自分の世界を生きる

自分の世界を生きる。これは当然のことで。

それが問題になってしまうのは、自分の世界しかないという発想になっている時のような気がします。

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頂上で話をしよう

どの登り口でもいい。

頂上で話をしよう。

どの入り口がいいかなんてのは、登ってから話し合おう。

こちらがいいとか、あちらがいいとか。登らないとわからない。

登る前から、どうのこうのいっても始まらない。

大事なのは登る事。

登り続ければいつか頂上につくのではないか。

頂上についたらみんな同じなんだ。

そしたら、美味しいご飯でも食べよう。

辛かった思い出話で笑い合おう。

大事なのは登る事。

彼方を立てれば此方が立たず

「彼方を立てれば此方が立たず」という言葉があります。

生きていると、こんなことばかりだと思うのです。

あちらがいらなくて、こちらがいるんなら答えがはっきりしているけれども、どちらも必要なことも多いものです。

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情報に惑わされずに心地よく暮らす

いろいろな健康法、ダイエット法、予防方法があります。

本当に沢山あって、頭で判断しようとすると一見どうしたらいいのかわからなくなるような気がします。

しかし「心地よさ」「気持ちよさ」という理屈をこえた、身体の声というか心の声というか自然の声に耳を傾けて物事を判断してみると意外に、それがすべきことかそうでないことかを感じる事が出来ると思います。

 

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保育園にて

4月から娘が保育園に通っている。

離れる事で愛を知る。

この世では、離すことでしかわからないことがある。

自分の意見、考え、一人でいるとなんだか疲れる。

わかったつもりでもしっくりこない。

こんなことがよくあります。

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糠床から

遠藤家で糠床を始めまして、そろそろ糠床らしき匂いがしてきましたので、試しにきゅうりを漬けてみました。

妻と試食。

美味しすぎる!!びっくりしました。

そして、ふと考えてたんです。
ぬか漬けについて
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何を食べたらいいか。

先日、マッサージをしていたおばあちゃんから質問。

「やっぱり食べ物ですかね」
健康になるためには、という意味の質問だったと思います。
「食べ物は大事だと思いますよ。」
「何がいいですかね?」
「好きなもの、食べたいものを感謝して食べたらどうですか?」
「えっ?あ、そうか。それでいいんだ」

そうなんですよ。
テレビやら雑誌ではやしたてるし、とても大事なことを結構忘れてるんですよね。
玉ねぎは、わりと何でも料理に入ってますし、焦げた魚は毎日食べられません。
ごついステーキだって毎食は無理でしょう。
体は知ってるんですよ。
今何が自分の体に必要か。
それを頭で何がいいとか悪いとかやろうとするから無理が来る。しんどくなる。

何でもいいんですよ。

口から入るもんで悪いものはないそうですよ。出るもんが悪いもんだそうで。

農薬がどうとか、化学調味料がどうとかいいますけど、口から肛門までパイプになってるわけです。何箇所か門があり、太くなったり、細くなったり、貯めたりするだけで外界とつながる一本の管なのです。
消化器系は必要なものは取り込み、いらないものは吸収せずに出す仕組みになってます。
それを、あれがいいとか悪いとか頭がするから体が混乱して、それなら、取り込もうか?捨てようか?となるのではないでしょうか。
神様から与えられたものに関して、どうのこうのと理屈がつくから、おかしくなる。アダムさんが食べてしまった善悪の実ですね。

聖書も教えてくれています。
「何を食べようか何を飲もうか思い悩むな。」

子供の便をみて思いました。
大豆が好きだったのかこれでもかと食べておりました。便はそのまま大豆の形で出てきて、全部ではないように感じました。必要な分、体は吸収して、不要分は排出したのではないでしょうか。

人間の持っている体の素晴らしさを忘れ、頭でどうにかすることが苦しくなる原因だと思います。

好きなものを好きなだけ食べてみたらいい。ケーキなんて、何十個も食べられないでしょう。食べられたって毎日は無理じゃないですか。
僕は昔、コーヒーゼリーをとことん食べたくなったのでやってみたら、3カップで、気持ち悪くなりました。そんなもんです。

体の素晴らしさがわかった上で、何がいいとか悪いとか始めないといけない。
体を構成する上で不都合なものは、そんなに沢山食べられません。

スタートを間違えるとゴールにはつかないしゴールがわからなくなる。スタートをしっかりおさえたら、ゴールにはついたのと同じです。

何のための食事か。

誰かと美味しく楽しく時間を共有するため。
生かされているということに感謝するため。

そんな目的なのではないでしょうか。

健康に生きるため。病気にならないため。それも大事ですが、健康になって、病気にならずに何をするかが大事のように思います。
そうすると、何を食べるべきかよりも、どう食べるべきかが大事だと思います。
そこに、神様の力、生命の力が働いてくれると信じています。

毎日笑顔で毎日暮らしていけますように。