自分の世界を生きる

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自分の世界を生きる。これは当然のことで。

それが問題になってしまうのは、自分の世界しかないという発想になっている時のような気がします。

♪人はそれぞれ正義があって〜と毎日遠藤家では流れているのですが、大事なのはそれぞれの正義があるということを知ること。世界があると知ること。

いろんな正義があるということ。それぞれ違うから争うと言うけれど、違うから面白いと僕は思う。

腹立って仕方ない時もあるけれど、そんなときこそ後々面白くなってくる。

自分の世界しかない。正しいとなると争ってしまうのかなぁと。

 

右手と左手は違うから合掌出来る。

電気もプラスとマイナスがあるから流れる。

水だって高いところと低いところがあるから流れるわけで。

いろんな世界がある。形がある。

その一つ一つの違う世界を一人一人が生きてる。

自分が何を感じて、何を意識して毎日過ごしているか。

それが自分の世界。

同じものを見てたって、食べたって感じ方が違う。

この地球、宇宙を共有して一人一人が自分の世界を生きている。

しかし、その自分の世界しか生きられないという状況で他の世界があると知る事。

自分の当たり前は、他の人にとっては当たり前ではなくて。

相手に自分の当たり前がないとき、なぜ?って思うけれど、自分の当たり前に意識を向けてみる。

 

当たり前というのは思考を止める。

無意識で生きているということ。

自分の世界なのに意識出来てないということ。

無意識は便利なようで、自分の世界を狭めている。

機械のように、心なく生きている気がする。

 

自分の世界が正しいと信じて、相手の世界を正そうとするとき自分の世界は何も変わらない。

もしかすると、それこそ争いが起きるかもしれない。

両方とも正しいというところで、でもその二つの意見が違う時。自分の世界を広げるチャンスではないかと思う。

 

小さい世界で生きる時、自分は大きく見える。

大きな世界へ飛び出た時、自分は小さく見える。

自分というのは実は変わらなくて。

どちらが心地よいかは人それぞれ。

 

僕は、広い世界を生きたいなぁと思う。

 

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