力まずに仕事をするということ

  • LINEで送る
c11ecff348a591edb6e3701cc41b0611_s

日々生活をしていると力んでいます。考えて何かをしようとしたとき、力んでいる事が多いように思います。

自分という我で生きようとしています。確かに生きているのだけれども、少し考えてみると自分の身体を維持するのに考えてやっている事なんてほとんどないことに気づきます。

食べる事一つでもそうです。食べ物を口に運び噛む動作ぐらいまでは意識を持てますが舌の動き、飲み込む動作、食道、胃、腸…と勝手に身体がやってくれています。

仕事をしていると力みが入っているなぁと感じる事がよくあります。指圧やあん摩をしていると特に。

あるときから、僕は施術の方針が180度変わると言いますか、まったく違う視点でみるようになってきました。それは、悪いところを探してどうにかするという視点から、身体が何を訴えているのかどう善くなろうとしているのか。という視点になってきたということです。

その視点に立った時、力みがなくなります。僕がどうこうするのではなく、カラダ本来の力に任せるということです。

悪い事を見つけ良くしようという発想で生きてきましたから、まだまだ悪い所を探すという視点が捨て切れません。しかし、ただただ患者さんの身体の訴えをきく、つまり、生命力を信じるという心を大事にしたい。

治すという心、治されるという心。この施療者と患者の心が一つとなったとき、そこに生命力、治癒力があらわれ、本当の治癒というものが成り立つのではないかなぁと思います。比較対象の比べる世界から比べようのない一つの世界。一つになっていないとき、どうにかしようという力みが出るのではないのでしょうか。

誰でも自分の欠点を指摘され直しなさい、もしくは、そこがおかしいから直してあげようなんてのは嫌なものです。

欠点、弱点は何の為にあるのか何を善くしようとして存在しているのか。そもそも、それは欠点、弱点なのでしょうか。

健康は良い。病気は悪い。確かにある意味そうだと思います。しかし、自然治癒力、生命力という視点に経つと、病気という姿は全体からみると何かをよくしようとしている働きであり自然治癒力がしっかり働いているという事です。一見自分にとって不都合なことは何の為に働いているのかを見極めることはとても大事な事だと思います。

全ては大きな大きな自然の中にあるという事。

大きな大きな生命によって生かされているという事。

いつもこれを忘れてしまいます。力が入っていると気づく時、この事を忘れていた事に気づきます。

ただただ生命を信じ、自然から与えられた治癒力を信じ、仕事をしていきたいと願います。

  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*