スジ違い

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スジを違えた…

こんな表現をすることがあります。
でも、これは本当にスジ違いなのだろうか?!という疑問が浮かびました。

それはスジ違いだろうけども今までのスジと違うというだけで、実は本筋にかえっていることもあるのではないか。
日々の暮らしの中で、いろいろな経験を通して、自分の筋、やり方というものを、人は気づかないあいだに癖、習慣としてつくっていきます。
それは自分の中の「当たり前」として認識していきます。
自分のスジになっていきます。

あなたの本来の肩の位置、脚の位置、腰の位置はここなのではないのですか?!
と施術をしながら身体に訴えることがあります。

そのとき、その人の頭は必死に抵抗します。

言葉としては、

「ハズれそうです…」
「痛いです…」
「スジがきれる…」
「やばいです…」

等々…(基本このような施術はいたしません。必要と感じた時だけです笑)

しかし、その後ゆっくりと力を戻して、聞いてみると全員「今は楽」とおっしゃいます。

それはつまり、本筋に戻ったということではないのでしょうか。

ひと本来与えられている構造は完璧なのだと僕は思います。本来は「楽」なのです。しかし、どこか使い方を間違ってしまった。知らず知らずに負担をかけてしまった。そのようなことで、本来でないのが当たり前になってしまっていることがあります。

今までの当たり前となった、慣れてしまったスジと違う位置は、一見つらいようにみえます。ハズれるように感じます。あり得ないと考えます。

しかし、その違う筋も一度受け入れると以前より楽なこともあるのです。
よりスムーズに動く事があるのです。

これは、身体だけでなく人生においてもそうなのではないのでしょうか。

今まで自分のスジ、生き方を変えるのはとても嫌で、苦しいものかもしれません。

しかし、周りの人の意見を「そっかぁ」と聞いてみる。やってみる。
すると、嫌だと思っていたのは、自分が勝手に作り出していた、自分の人生を縛っていたスジだったことに気づきます。

「今までの経験は、消そうと思ったって消えない。だからこそ、思い切って、経験を一度捨てる。その時に本当の意味で経験が生かされる。」

お世話になった方からよく言われていました。

本来の自分で生きるというのは、実は本当に心地よく、その心地よさは周りの人をも心地よくしていくものだと感じています。

施術を通し、人生を通し、作り上げた自分ではなく、本当の自分のために、他人のために、本来のスジに気づき、そこに立ち返っていきたいと願います。

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