感謝

20年ぶりに手が動きました

脳出血後遺症、片麻痺、80代男性

「20年ぶりに手が動きました。」

昨日までの僕では、ここで調子に乗っていたことと思います。
自分ってすごい。なんて、うっかり間違っていたと思います。

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間質性膀胱炎

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30代の女性。腰痛とのことで施術させていただいた。

聞くと、間質性膀胱炎という病気を持っているそうだ。症状としては、頻尿(昼夜を問わず尿の回数が多い)、尿意切迫感(急に尿意が起こり我慢できない感じ)、膀胱が縮まる、膀胱の痛みを主な症状とする病気。とのこと。

これは、原因不明の難病といわれ治療方法は無い。膀胱を広げるという手術もあるそうだが、根本治療ではない。

出来る事は、炎症を抑えたり、食事の制限を行うぐらいで治療法は見つかっていない。

 

そんなもの、マッサージでどうにかなるものなのか。だからといって、国家資格をいただいている医療従事者としてほっとくわけにはいかない。僕に出来る事は指圧をしながら話を聞くということ。

 

いろいろな話をしていると、ふとその方はお母さんの話をされた。

「尊敬はいっぱいできるけれど…好きなところはあるけれど…」という感じ「けれど」というのが引っかかっていた。両親には感謝しないといけないと頭ではわかりつつもどこかひっかかってしまう。どこが嫌なんですかと聞くと、「私も出来てないから言えないけれど、自分が出来てないのに、いろいろ言ってくるところかなぁ、片付けとか身の回りのこととか」と。

彼女は、インテリアの仕事、身の回りを整える仕事をしている。

ふと感じる事がありましたので「その身の回りが出来ていないお母さんのおかげで、今の仕事が出来てるのではないのですか?お母さんのおかげでインテリアという、どうやって生活を豊かにするかという勉強をさせてもらったのではないですか?」と。

お父さんは真逆でほとんど関心がないとのことで、一緒にいると楽。そんなお父さんが理想の男性になるぐらい好きである。

でも干渉しすぎるお母さんがいるからその反対のお父さんが好きなだけで、本当は本音で話したい。お父さんと関わりをもちたかったということに気づかれました。

 

「お父さんもお母さんもひとときも忘れる事がなく、本当は愛して愛して愛しまくっていた。言葉がきつくなったり、放任という形は、間違って受け取ってしまっていただけで、両親の精一杯の愛情の表現だったのでは?」と伝えました。

彼女から涙があふれ、しまいには笑っておりました。泣いてるのだか笑っているのだか。

聞くと、「結婚はしたい、子供は欲しい。けれど、両親と同じになってしまうのではないかと怖かった。。」そんな話もされました。

でも、もう終わり。昨日できた闇も百万年前からある闇でも光を照らせば消えます。することは蓋をあけること。そしてそれはした。

 

闇。光の無い状態。明るくない。不明。

つまり原因は不明だったわけです。闇と病みは同じ語源だそうで。病気の原因は闇。つまりどこかに蓋をしてしまった結果なのではないか。

どこか勘違いして、両親の愛情に蓋をしてしまっていた。闇が出来てしまった。どこか愛されていないと思ってしまった。

でも、蓋が開いた。闇に光が射し、涙と笑いと共に勘違いの悲しみは流れ去り消えてしまったわけです。

そういえばとおもって「腰痛どうですか?」と聞くと 「忘れてた」という話でして。

 

水分というのは涙から印象するように悲しみを象徴するそうである。

膀胱というのは尿(水分)を溜めるところである。膀胱には尿管といって腎臓から尿を送る管が二本つながっている。

父と母から流れてきた二つの悲しみに絶えられなくなり、膀胱(彼女)は小さくなり、痛み、抱えきれない悲しみをすぐ出し(頻尿)ていたのではないかなぁと思うわけです。

「肉体は心の影」

おかしいと思われても僕は信じます。彼女の涙は本物だと思う。本当に心から癒された涙だと思う。

 

後日談(後数時間談笑)として、間質性膀胱炎の症状はまさに僕が抱えている悩みでありました。そして、ふと思うと僕の母はうるさいぐらいの教育ママ。父は仕事一筋の何も言わない人だったわけだったのです。

つまり彼女の姿は僕の姿だったわけです。僕も両親から愛されていた。両親から愛されていない人なんていない。ただ勘違いしてしまうんですよ。思い込みというやつで。ほんとに困ったもんです。

うつし世。鏡の世界。環境は心の影。自分と他人は一つ。

よくいったものです。

この世界は本当に面白い。

感謝と喜びしかない。

サドル

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自転車のサドルがちょっとおかしいなぁと思って力を入れたら、バキッという音と共にサドルがとれまして…
止めてたネジが折れたようです。

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